2012年2月28日。突然に雨から雪に変わって、瞬く間にこんなに積もりました。ノーマルタイヤではとても運転できなさそうなくらいの雪です。
前回書いたその部屋にはこんなミニ台所がありました。
観音開きのクローゼットかと思って開けたらなんとシンクと電気式コンロがあった、そんな感じです。ほんとタンスみたいな大きさでした。ちなみに換気扇がなかったので派手には料理できませんでした。そういやバスルームにも換気扇なかったのでシャワーのあとはドアを開けたままにして部屋に湿度を逃してました(加湿器のかわりにしてた)。
写真上の方は調味料入れ兼食器棚。うっすら見えてるけど、右の扉の裏にはフキンとゴミの日カレンダー。
いまこれをかきながら思い出しましたが、なんといっても作りがやはりドイツ人仕様で、背の低い僕には高すぎた!!この写真は僕が普通に床に立って写したものです。ね、高いの、わかるでしょ?洗面所のボウルも鏡も僕には高すぎたので、入居してしばらくしてからIKEAで子供用のステップを買って来ました。
・・・書いてるといろいろ思い出すもんですね。もうしばらく当時の写真探してみようと思います。
そういえばこのブログはもともとはドイツ留学日記でした。2003年の11月、せっかくだから記録を残してみようかなということで当時流行り始めた”掲示板形式で更新できる日記用ホームページ”(←当時僕はこのようにブログを理解していた)を始めてみたのでした。結局、当時は熱心には更新しなくて、写真も今ほどには撮ることもなく、詳細な記録、とは言えないままでした。
もうその時から8年以上が経つのだけど、忘れたこともたくさん。写真がないと、この部屋にコーヒーメーカーがあったことすら覚えてなかったと思います(使ってなかったから)。ということで気になったら、昔の事も書いてみようかと。タイムリーな出来事じゃないのはブログらしくないけど。
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この部屋は一番最初に住んだ部屋です。大きなおうちの1階部分を間借りしてました。間借りと言っても独立したキッチン(とても小さい)とシャワーがあって(バスタブはない)、まあアパートみたいなもんです。玄関を入ってホールに面して3つのドアがあり、その右のドアがこの部屋の入口でした。正面は2階に住んでた大家さん夫婦お宅の扉、左は、東欧出身の夫妻が住んでるお部屋でした。その東欧夫妻も独立した生活ができていた模様。
白い塗り壁に電球のみの照明。これぞヨーロッパ!とわくわくの第一印象を今でも覚えてます。たしか調光器で明るさが変えられたはず。テーブル、クッションの柄など、いかにも70年代な感じがして、大家さんのおじいちゃんの雰囲気そのままだなあと思った記憶があります。もちろんテレビはブラウン管の小さなもの。あんまりチャンネル数が多くなかったと思います。それでもフランスのニュース局は見られました。
自然はいっぱいだけど、不便な場所にあったので結局す5ヶ月で引っ越してしまったけど、今でも大家さんとはクリスマスカードの交換は続いてます。
2012年2月。長崎。ランタンフェスティバルにて。
ところで(ウィキペディアで)調べてみたのですが、龍って、角→鹿、頭→ラクダ、眼→鬼またはウサギ、身体→蛇、腹→蜃(蜃気楼をつくりだすという伝説上の生き物)、爪→タカ、掌→虎、耳→牛 なのだそうだ。
角が鹿なんかはわかるんだけど、頭は、てっきり馬だと思ってました。ラクダとはなあ。あんまり強そうじゃないぞ。それから想像上の動物のモデルに想像上の動物を使う(蜃)ってどうなんだろ。仮説の仮設、みたいな。
さらにところで、「蜃気楼」って「蜃」が吐き出しだ「気」で「楼」閣をつくりだしたことに由来するんだそうな。